…私の事は誤解してらつしやるわね!』
 然う言つて、突然靜子の膝に突伏した。
『あら、貴女《あなた》の事ツて何《なに》?』

      二

 二人は暫時《しばし》言葉が無かつた。
 靜子はそれを、屹度兄の信吾の事と察した。が、兄の事を思ふだけに、何と訊いて可いか解らなかつた。
 稍あつてから、『え? 何の事私が誤解してるツて?』と靜子が又言ふ。
『言はずに置くわ、私。』と、思ひ切り惡く言つて、清子は漸く首を上げる。
『あら何うして?』
『兄の事……ぢやなくつて?』
 清子は羞し氣に俯向《うつむ》いた。
『清子さん、私何も貴女の事惡くなんか思つてやしなくつてよ。』
『あら然《さ》うぢやなくつてよ。それは私だつて能く知つててよ。』
 二人は懷し氣に眼を見合せた。
『私此の家に嫁《き》た事、貴女《あなた》可怪いと思つたでせう?』と稍あつて清子は極り惡相に言つた。
『でもないわ……今になつては。』と、靜子は心苦し氣である。靜子は、あの事あつて以來兄信吾の心が解りかねた。そして、その兄の不徳を、今一つ聞かねばならぬといふ氣がすると、流石に兄妹であれば辛くない譯に行かぬ。が、又、目の前の清子を見ると、この世に唯一の自分の友が此人だと言ふ限りない慕しさが胸に湧いた。
『濟まないわ、このお話するのは!』
『マ清子さん!……貴女|其※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]《そんな》に……私になら何だつて言つて下すつたつて可《い》いわ。貴女許りよ、私姉さんの樣に思つてるのは!』
『……私ね……眞箇《ほんと》の姉妹になりたかつたの、貴女と。』
然う言つて清子は靜子の手を握る。
『解つてよ。』と、靜子は聞えるか聞えぬかに言つて、眤《ぢつ》と眼を瞑ぢた。其眼から涙が溢れる。
『嬉しいわ、私は。』と清子は友の手を強く引く。二人の涙は清子の膝に落ちた。
 そして言つた。『私信吾さんに逢つて頂いてよ、此方の方の話があつた時……忘れないわ、去年の七月二十三日よ、鶴飼の上の觀音樣の杜で。』
『…………』
『私|甚※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]《どんな》に……男の方は矢張り氣が強いわねえ!』
『何と言つて其時、兄が?』
『……此家へ來る事を勸めて下すつたわ、あの、兄樣は。』
『マ然《さ》う!』靜子は強く言つて。そし
前へ 次へ
全101ページ中99ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
石川 啄木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング