は初心《うぶ》に口の中で言つて頭を下げた。
『ドツコイシヨ。』と許り、元吉は俥を曳出《ひきだ》す。二人は其《その》背後《あと》を見送つて呆然《ぼんやり》立つてゐた。
 吉野は、中背の、色の浅黒い見るから男らしく引緊つた顔で、力ある声は底に錆《さび》を有《も》つた。すぐ目に付くのは、眉と眉の間に深く刻まれた一本の皺で、烈しい気性の輝く眼は、美術家に特有の、何か不安らしい働きをする。
 俥が橋を渡り尽すと、路は少し低くなつて、繁つた楊柳《やなぎ》の間から、新しい吉野の麦藁帽が見える。橋はその時まで、少し揺れてゐた。
『私、甚※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]《どんな》に困つたでせう、這※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]《こんな》扮装《なり》をしてゐて!』と静子は初めて友の顔を見た。
『其※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]《そんな》に! 誰だつて平常《ふだん》には……』と慰め顔に言つて、
『貴女の許《とこ》は、これからまた賑かね。』
 其《それ》は真《ほん》の、
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