フム、交際家か!』と短い髯を捻つて、
『其※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]風ぢや相応に繁昌《はや》つてるんだらう?』
『ええ、宅の方へ廻診に来る時は、大抵自転車よ。でなけや馬に騎《の》つて来るわ。』
『ホウ、景気をつけたもんだな。そして何か、モウ小児《こども》が生れたのか?』
『……まだよ。』と低い声で答へて目を落した。
『それぢや清子さんも暇があつて可《い》いんだらう。』
『ええ。』
『女は小児を有《も》つと、モウ最後だからな。』
 静子は妙にトチツて、其儘口を噤《つぐ》んで了つた。人は長く別れてゐると、その別れてゐた月日の事は勘定に入れないで、お互ひにまだ別れなかつた時の事を基礎《どだい》に想像する。静子は、清子が加藤と結婚した事について、少からず兄に同情してゐる。今度帰つて来て、毎日来る加藤と顔を合せるのも、兄は甚※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]《どんな》に不愉快な思ひをするだらう、などとまで狭い女心に心配もしてゐた。そして、何かしらそれに関した事を言出されるかと、宛然《さながら》、自分の
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