持つてゐる鋭い刃物に対手が手を出すのを、ハラ/\して見てゐる様な気がしてゐたが、信吾の言語《ことば》は、故意《わざと》かは知れないが余りに平気だ、余りに冷淡だ。今迄の心配は杞憂に過ぎなかつた様にも思ふ。又、兄は自ら偽つてるのだとも思ふ。そして、心の底の奈辺《どこ》かでは、信吾がモウ清子の事を深く心にとめても居ないらしい口吻《くちぶり》を、何となく不満足に感じられる。
 その素振を見て取つて、信吾は亦自分の心を妹に勝手に忖度《そんたく》されてる様な気がして、これも黙つて了つた。
 二人は並んで歩いた。蒸す様な草いきれと、乾いた線路の土砂《つち》の反射する日光とで、額は何時しか汗ばんだ。静子の顔は、先刻《さつき》の怡々《いそいそ》した光が消えて、妙に真面目に引緊つてゐた。小妹共はモウ五六町も先方《さき》を歩いてゐる。十間許り前を行く松蔵の後姿は、荷が重くて屈《こご》んでるから、大きい鞄に足がついた様だ。
 稍あつてから信吾は、
『あの問題は、一体|奈何《どう》なつてるんだい?』と妹を見かへつた。
『あの問題ツて、……松原の方?』と兄の顔を仰ぐ。
『ああ。余程切迫してるのかい?』
『さうぢや
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