の方で、今年は盛岡に開かれた体操と地理歴史教授法の夏期講習会に出席しなければならなかつた。それで、休暇中の宿直は準訓導の森川が引受ける事になつて、これは土地の者の斎藤といふ年老《としと》つた首座教員と智恵子と富江の三人は、それ/″\村内《むらうち》に受持を定めて、兎角乱れ易い休暇中の児童の風紀の、校外取締をすることになつた。富江は今年も矢張盛岡の夫の家《うち》へは帰らないので。智恵子にも帰るべき家が無かつた。無い訳ではない、兄夫婦は青森にゐるけれど、智恵子にはそれが自分の家の様な気がしない。よしや帰つたところで、あたら一月の休暇を不愉快に過して了ふに過ぎぬのだ。同窓の親い友から、何処かの温泉場にでも共同生活をして楽しき夏を暮さうではないかと言つて来たのもあるが、宿のお利代の心根を思ふと、別に理由《わけ》もなくそれが忍びなかつた。結局智恵子は、八月二日に大沢の温泉で開かれる筈の師範時代の同級会に出席する外には、何処にも行かぬことに決めた。
 それで智恵子は、誰しも休暇前に一度やる様に、八月|一月《ひとつき》に自分の為すべき事の予定を立てたものだ。そのうちには、色々の事に遮られて何日《いつ
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