て貸して、智恵子からはルナンの耶蘇伝の翻訳を借りた。それを手初めに信吾は五六度も智恵子を訪ねた。
信吾は智恵子に対して殊更に尊敬の態度を採つた。時としては、モウ幾年もの親い友達の様な口も利くが、概して二人の間に交換される会話は、這※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]《こんな》田舎では聞かれた事のない高尚な問題で、人生《ライフ》とか信仰とか創作とかいふ語《ことば》が多い。信吾は好んで其※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]《そんな》問題を担ぎ出し、対手に解らぬと知り乍ら六ヶ敷い哲学上の議論までする。心して聞けば、其謂ふ所に、或は一貫した思想も意見も無かつたかも知れぬ。又、其好んで口にする泰西の哲人の名に就いて彼自身の有つてゐる智識も疑問であつたかも知れぬ。それは兎も角、信吾が其※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]事を調子よく喋る時は、血の多い人のする様に、大仰に眉を動したり、手を振つたり、自分の言ふ事に自分で先づ感動した様子をする。
『僕は不思議ですねえ。恁《か》
前へ
次へ
全217ページ中83ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
石川 啄木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング