うして貴女と話してると、何だか自然に真摯《まじめ》になつて、若々しくなつて、平生考へてる事を皆言つて了ひたくなる。この二三年は何か恁《か》う不安があつて、言はうと思ふことも遂《つい》人の前では言へなかつたりする様になつてゐたんですが……実に不思議です。自分の思想を聞いてくれる人がある、否《いや》、それを言ひ得るといふ事が、既に一種の幸福を感じますね。』
と或時信吾は真摯な口振で言つた。然しそれは、或は次の如く言ふべきであつたかも知れぬ。
『僕は不思議ですねえ。恁《か》うして貴女と話してると、何だか自然に芝居を演《や》りたくなつて来て、遂《つい》心にない事まで言つて了ひます。』
 智恵子の方では、信吾の足繁き訪問に就いて、多少村の人達の思惑を心配せぬ訳にいかなかつた。狭い村だけに少しの事も意味あり気に囃《はや》し立てるが常である。万一其※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]事があつては誠に心外の至りであると智恵子は思つた。それで可成《なるべく》寡言《くちすくな》に、隙《すき》のない様に待遇《あしら》つてはゐるが、腑に落ちぬ事があり乍らも信吾の話が珍
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