新坊さんの為には……。』と、智恵子はお利代の思つてゐる様な事を理を分けて説いてみた。説いてるうちに、何か恁《か》う、自分が今|善事《いいこと》をしてると云つた様な気持がして来た。『然うで御座いますねえ。』とお利代は大きい眼を瞬《しばたた》き乍ら、未だ明瞭《はつきり》と自分の心を言出しかねる様で、『恁《か》うして先生のお世話を頂いてると、私はモウ何日《いつ》までも此儘《このまんま》で居た方が、幾等《いくら》楽しいか知れませんけれども。』
『私だつて然う思ふわ、小母さん、真箇《ほんと》に……。』と言ひかけたが、何かしら不図胸の中に頭を擡げた思想《かんがへ》があつて言葉は途断れた。『神様の思召よ。人間《ひと》の勝手にはならないんですわね。』
『先生にしたところで、』と、お利代は智恵子の顔をマヂ/\と睇《みつ》め乍ら、『怎《どう》せ御結婚なさらなけやなりませんでせうし……。』
『ホヽヽ。』と智恵子は軽く笑つて、
『小母さん、私まだ考へても見た事が無くつてよ。自分の結婚なんか。』
話題《はなし》はそれで逸《そ》れた。程なくしてお利代が出てゆくと、智恵子はやをら立つて袴を脱いで、丁寧にそれを畳ん
前へ
次へ
全217ページ中80ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
石川 啄木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング