『然うで御座いますねえ。』とお利代は俯向《うつむ》いて言つた。実は自分も然う思つてゐたので。

     (四)の十

『然うなすつた方が可《いい》わ、小母さん。』と、智恵子は俯向いたお利代の胸の辺《あたり》を眤《じつ》と睇《みつ》めた。
『然うで御座いますねえ。』と同じ事を繰返して、稍あつてお利代は思ひ余つた様な顔をあげたが、『怎《ど》うせ行くとしましても、それやマア祖母《おばあ》さんが奈何《どう》にか、アノ快癒《なほ》つてからの事で御座いますから、何時の事だか解りませんけれども、何だかアノ、生れ村を離れて北海道あたりまで行つて、此先|奈何《どう》なることかと思ふと……。』
『それやね、決めるまでにはマア、間違ひはないでせうけれど、先方《あちら》の事も詳しくナンして見てから……。』
『其処ンところはアノ、確乎《たしか》だらうと思ひますですが……今日もアノ、手紙の中に十円だけ入れて寄越して呉れましたから……。』
『おや然うでしたか。』と言つたが、智恵子はそれに就いての自分の感想を可成《なるべく》顔に現さぬ様に努めて、『兎も角お返事はお上げなすつた方が可いわ。矢張《やつぱし》梅ちやんや
前へ 次へ
全217ページ中79ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
石川 啄木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング