は長い不規則な列を作つた。最先《まつさき》に沼田が行く。次は富江、次は慎次、次は校長……森川山内と続いて、山内と智恵子の間は少し途断れた。智恵子のすぐ背後《うしろ》を、背《たけ》高い信吾が歩いた。
智恵子は甘い悲哀《かなしみ》を感じた。若い心はウツトリとして、何か恁《か》う、自分の知らなんだ境を見て帰る様な気持である。詰らなく騒いだ! とも思へる。楽しかつた! とも思へる。そして、心の底の何処かでは、富江の阿婆摺れた噪《はしや》ぎ方が、不愉快で不愉快でならなかつた。そして、何といふ訳もなしに直ぐ背後《うしろ》から跟《つ》いて来る信吾の跫音が、心にとまつてゐた。
其姿は、何処か、夢を見てゐる人の様に悄然《しよんぼり》とした髪も乱れた。
先づ平生の心に帰つたのは富江であつた。
『ね、沼田さん。那時《あのとき》ソラ、貴君の前に「むべ山」があつたでせう? 那《あれ》が私の十八番《おはこ》ですの。屹度抜いて上げませうと思つて待つてると、信吾さんに札が無くなつて、貴君《あなた》が「むべ山」と「流れもあへぬ」を信吾さんへ遣《やつ》たでせう? 私厭になつ了《ちま》ひましたよ。ホホヽヽ。』と、先刻
前へ
次へ
全217ページ中69ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
石川 啄木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング