。そして到頭|終末《しまひ》まで読手で通した。
 何と言つても信吾が一番上手であつた。上の句の頭字を五十音順に列べた其|配列法《ならべかた》が、最初少からず富江の怨嗟《うらみ》を買つた。然《しか》し富江も仲々信吾に劣らなかつた。そして組を分ける毎に、信吾と敵になるのを喜んだ。二人の戦ひは随分目覚ましかつた。
 信吾に限らず、男といふ男は、皆富江の敏捷《すばしこ》い攻撃を蒙つた。富江は一人で噪《はしや》ぎ切つて、遠慮もなく対手の札を抜く、其抜方が少し汚なくて、五回六回と続くうちに、指に紙片《かみきれ》で繃帯する者も出来た。
 そして富江は、一心になつて目前《めのまへ》の札を守つてゐる山内に、隙《すき》さへあれば遠くからでも襲撃を加へることを怠らなかつた。其度《そのたんび》、山内は上気した小い顔を挙げて、眼を三角にして怨むが如く富江の顔を見る。『ホホヽヽ。』と、富江は面白気に笑ふ。静子と智恵子は幾度《いくたび》か目を見合せた。
 一度、信吾は智恵子の札を抜いたが、汚なかつたと言つて遂に札を送らなかつた。次で智恵子が信吾のを抜いた。
『イヤ、参りました。』
と言つて、信吾は強ひて一枚貰つた。
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