信吾、沼田、慎次、清子の顔には白粉が塗られた。信吾の片髯が白くなつたのを指さして、富江は声の限り笑つた。一同《みんな》もそれに和した。沼田は片肌を脱ぎ、森川は立襟の洋服の鈕《ボタン》を脱《はづ》して風を入れ乍ら、乾き掛つた白粉で皮膚《かは》が痙攣《ひきつ》る様なのを気にして、顔を妙にモグ/\さしたので、一同《みんな》は復《また》笑つた。
『今度は復讐しませう。』と信吾が言つた。
『ホホヽヽ。』と智恵子は唯笑つた。
『新しく組を分けるんですよ。』と、富江は誰に言ふでもなく言つて、急《いそが》しく札を切る。
(四)の六
二度目の合戦が始つて間もなくであつた。静子の前の「ただ有明」の札に、対合《むかひあ》つた昌作の手と静子の手と、殆んど同時に落ちた。此方《こつち》が先だ、否《いや》、此方が早いと、他の者まで面白づくで騒ぐ。
『敗けてお遣りよ。昌作さんが可哀想だから。』と、見物してゐたお柳が喙《くち》を容れた。
不快な顔をして昌作は手を引いた。静子は気毒になつて、無言で昌作の札を一枚自分の方へ取つた。昌作はそれを邪慳に奪ひ返した。其合戦が済むと、昌作は無理に望んで読手になつた
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