事も快く許された。
『貴君も如何で御座いますか?』と智恵子が言つた。
『ハツハヽヽ、私は駄目ですよ、生れてから未だ加留多に勝つた事がないんで……だが何です、負傷者でもある様でしたら救護員として出張しませう。』
 清子が着換の間に、静子は富江の宿を訪ねたが、一人で先に行つたといふ事であつた。
 三人の女傘《かさ》が後になり先になり、穂の揃つた麦畑《むぎばた》の中を、睦気《むつましげ》に川崎に向つた。恰度鶴飼橋の袂に来た時、其処で落合ふ別の道から来た山内と出会《でつくは》した。山内は顔を真赤《まつか》にして会釈して、不即不離《つかずはなれず》の間隔をとつて、いかにも窮屈らしい足調《あしどり》で、十間許り前方《まへ》をチヨコ/\と歩いた。
 程近き線路を、好摩四時半発の上り列車が凄じい音を立《たて》て過ぎた頃、一行は小川家に着いた。噪《はしや》いだ富江の笑声が屋外までも洩れた。岩手山は薄紫に※[#「目+夢」の「夕」に代えて「目」、226−上−2]《ぼ》けて、其肩近く静なる夏の日が傾いてゐた。
 富江の外に、校長の進藤、準訓導の森川、加藤の弟の慎次、農学校を卒業したといふ馬顔の沼田、それに巡廻
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