ノウ……』と、智恵子の真面目な顔を見ては悪いことを言出したと思つたらしく、心持|極悪気《きまりわるげ》に頬を染めたが、『詰らない事よ。…………でも神山さんが言つてるの。アノ、少し何してるんですつて、神山さんに。』
『何してるつて、何を?』
『アラ!』と静子は耳まで紅くした。
『正可《まさか》!』
『でも富江さん自身で被仰《おつしや》つたんですわ。』と、自分の事でも弁解する様に言ふ。
『マア彼《あ》の方は!』と智恵子は少し驚いた様に目を瞠つた。それは富江の事を言つたのだが、静子の方では、山内の事の様に聞いた。
程なくして二人は此《この》家《や》を出た。
(四)の五
二人が医院の玄関に入ると、薬局の椅子に靠《もた》れて、処方簿か何かを調べてゐた加藤は、やをら其帳簿を伏せて快活に迎へた。
『や、婦人隊の方は少々遅れましたね、昌作さんの一隊は二十分許り前に行きましたよ。』
『然うで御座いますか。アノ慎次さんも被来《いらしつ》て?』
『ハ。弟は加留多を取つた事がないてんで弱つてましたが、到頭引張られて行きました。マお上《あが》んなさい。コラ、清子、清子。』
そして、清子の行く
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