えた。静子清子の外には友も無い身の、(富江とは同僚乍ら余り親くしなかつた。)小川家にも一週に一度は必ず訪《たづ》ねる習慣《ならはし》であつたのに、信吾が帰つてからは、何といふ事なしに訪ねようとしなかつた。
『今日お多忙《いそが》しくつて?』
『否《いいえ》、土曜日ですもの、緩《ゆつく》りしてらしつても可《い》いわね?』
『可けないの。今日は私、お使者《つかひ》よ。』
『でもマア可いわ。』
『アラ、貴女のお迎ひに来たのよ。今夜アノ、宅《うち》で加留多会を行《や》りますから母が何卒《どうぞ》ツて。……被来《いらつしや》るわね?』
『加留多、私取れなくつてよ。』
『マア、貴女御謙遜ね?』
『真箇《ほんと》よ。随分|久《しばら》く取らないんですもの。』
『可いわ。私だつて下手ですもの。ね、被来るわね?』と静子は姉にでも甘へる様な調子。
『然うね?』と智恵子は、心では行く事に決めてゐ乍ら、余り気の乗らぬ様な口を利いて、『誰々? 集るのは?』
『十人|許《ばかし》よ。』
『随分多勢ね?』
『だつて、宅《うち》許りでも選手《チヤンピオン》が三人ゐるんですもの。』
『オヤ、その一人は?』と智恵子は調戯
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