ら、智恵子の信ずる神様をも有難いものに思つた。
『アノ……小母さん。』と智恵子は稍|躊躇《ためら》ひ乍ら、机の上の財布《かみいれ》を取つて其中から紙幣《さつ》を一枚、二枚、三枚……若しや軽蔑したと思はれはせぬかと、直ぐにも出しかねて右の手に握つたが、
『アノ、小母さん、私小母さんの家の人よ。ね。だからアノ、毎日我儘許りしてるんですから悪く思はないで頂戴よ。ね。私小母さんを姉さんと思つてるんですから。』
『それはモウ……。』と言つて、お利代は目を落して畳に片手をついた。
『だからアノ、悪く思はれる様だと私却て済まないことよ。ね。これはホンのお小遣よ。祖母《おばあ》さんにも何か……』
と言ひ乍ら握つたものを出すと、俯いたお利代の膝に龍鍾《はらはら》と霰《あられ》の様な涙が落ちる。と見ると智恵子はグツと胸が迫つた。
『小母さん!』と、出した其手で矢庭に畳に突いたお利代の手を握つて、
『神よ!』
と心に呼んだ。『願くば御恵《みめぐみ》を垂れ給へ!』瞑《と》ぢた其眼の長い睫毛を伝つて、美しい露が溢れた。
(四)の三
『あゝゝ。』といふ力無い欠呻《あくび》が次の間から聞えて、『お利
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