訊いた所で仕方がない!」と思返した。
と、門口に何やら声高に喋る声が聞えた。洗濯の音が止んだ。『六銭。』といふ言葉だけは智恵子の耳にも入つた。
(四)の二
すると、お利代の下駄を脱ぐ音がして、軽《かろ》い跫音《あしおと》が次の間に入つた。
何やら探す様な気勢《けはひ》がしてゐたが、鏗《がちや》りと銅貨の相触れる響《ひびき》。――霎時《しばし》の間何の物音もしない、と老女《としより》の枕頭《まくらもと》の障子が静かに開いて、窶《やつ》れたお利代が顔を出した。
『先生、何とも……。』と小声に遠慮し乍ら入つて来て、
『アノ、これが来まして……。』と言悪気《いひにくげ》に膝をつく。
『何です?』と言つて、見ると、それは厚い一封の手紙、(浜野お利代殿)と筆太に書かれて、不足税の印が捺してある。
『細かいのが御座んしたら、アノ、一寸二銭だけ足りませんから……。』
『あ、然《さ》う?』と皆まで言はせず軽《かろ》く答へて、智恵子はそれを出してやる。
お利代は極悪気《きまりわるげ》にして出て行つた。
智恵子は不図針の手を留めて、
「小供の衣服《きもの》よりは、お銭《あし》で上げた
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