去年の信吾とは大分違つてゐる。中肉の、背は亭乎《すらり》として高く、帽子には態《わざ》と記章も附けてないから、打見には誰にも学生と思へない。何処か厭味のある、ニヤケた顔ではあるが、母が妹の静子が聞いてさへ可笑《をかし》い位自慢にしてるだけあつて、男には惜しい程|肌理《きめ》が濃《こまか》く、色が白い。秀でた鼻の下には、短い髯を立てゝゐた。それが怎《どう》やら老《ふ》けて見える。老けて見えると同時に、妹の目からは、今迄の馴々しさが顔から消え失せた様にも思はれる。軽い失望の影が静子の心を掠めた。
『何を其※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]《そんな》に見てるんだ、静さん?』
『ホホ、少し老《ふ》けて見えるわね。』と静子は嫣乎《につこり》する。
『あゝ之か?』と短い髭を態《わざ》とらしく捻り上げて、『見落されるかと思つて心配して来たんだ。ハハハ。』
『ハハハ。』と松蔵も声を合せて、背《せな》の鞄を揺《ゆす》り上げた。
『怎だ、重いだらう?』
『何有《なあに》、大丈夫でごあんす。年は老《と》つても、』と復《また》揺り上げて、『さあ、松蔵が先に立ちますべ
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