始め祖父《おぢいさん》までが折角勧めるけれど、自分では奈何《どう》しても嫁《ゆ》く気になれない、此心をよく諒察《くみと》つて、好《うま》く其間に斡旋《あつせん》してくれるのは、信吾の外にないと信じてゐるのだ。
『来た、来た。』と、背の低い駅夫が叫んだので、フオームは俄《には》かに色めいた。も一人の髯面《ひげづら》の駅夫は、中に人のゐない改札口へ行つて、『来ましたよウ。』と怒鳴つた。濃い煙が、眩しい野末の青葉の上に見える。
(一)の二
凄じい地響をさせて突進して来た列車が停ると、信吾は手づから二等室の扉《ドア》を排《あ》けて、身軽に降り立つた。乗降の客や駅員が、慌しく四辺《あたり》を駆ける。※[#「さんずい+氣」、第4水準2−79−6]笛が澄んだ空気を振はして、※[#「さんずい+氣」、第4水準2−79−6]車は直ぐ発つた。
荷札《チエツキ》扱ひにして来た、重さうな旅行鞄を、信吾が手伝つて、頭の禿げた松蔵に背負《しよは》してる間に、静子は熟々《つくづく》其容子を見てゐた。ネルの単衣に涼しさうな生絹《きぎぬ》の兵子帯《へこおび》、紺キヤラコの夏足袋から、細い柾目の下駄まで、
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