た様に浮んでゐる。燃ゆる様な好摩《かうま》が原の夏草の中を、驀地《ましぐら》に走つた二条の鉄軌《レール》は、車の軋つた痕に烈しく日光を反射して、それに疲れた眼が、※[#「二点しんにょう+向」、第3水準1−92−55]《はる》か彼方《むかう》に快い蔭をつくつた、白樺の木立の中に、蕩々《とろとろ》と融けて行きさうだ。
 静子は眼を細くして、恍然《うつとり》と兄の信吾の事を考へてゐた。去年の夏は、休暇がまだ二十日も余つてる時に、信吾は急に言出して東京に発《た》つた。それは静子の学校仲間であつた平沢清子が、医師《いしや》の加藤と結婚する前日であつた。清子と信吾が、余程|以前《まへ》から思ひ合つてゐた事は、静子だけがよく知つてゐる。
 今度帰るまいとしたのも、或は其《その》、己に背いた清子と再び逢ふまいとしたのではなからうかと、静子は女心に考へてゐた。それにしても帰つて来るといふのは嬉しい、恁《か》う思返して呉れたのは、細々《こまごま》と訴へてやつた自分の手紙を読んだ為だ、兄は自分を援けに帰るのだと許《ばか》り思つてゐる。静子は、目下《いま》持上つてゐる縁談が、種々《いろいろ》の事情があつて両親
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