頬杖をついて熱心に喋つてゐた。
山内謙三は、チヨコナンと人形の様に坐つて、時々死んだ様に力のない咳をし乍ら、狡《ずる》さうな眼を輝かして穏《おとな》しく聞いてゐる。萎えた白絣の襟を堅く合せて、柄に合はぬ縮緬《ちりめん》の大幅の兵子帯を、小い体に幾廻《いくまはり》も捲いた、狭い額には汗が滲んでゐる。
二人共、この春徴兵検査を受けたのだが、五尺|不足《たらず》の山内は誰《た》が目にも十七八にしか見えない。それでゐて何処か挙動《ものごし》が老人染みてもゐる。昌作の方は、背の高い割に肉が削《そ》げて、漆黒《まつくろ》な髪を態《わざ》とモヂヤ/\長くしてるのと、度の弱《ひく》い鉄縁の眼鏡を掛けてるのとで二十四五にも見える。
『……然うぢやないか、山内さん。俺は那時《あのとき》、奈何《どう》してもバイロンを死なしたくなかつた。彼にして死なずんばだな。山内さん、甚※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]《どんな》偉い事をして呉れたか知れないぢやないか! それを考へると俺は、夜寝ててもバイロンの顔が……』と景気づいて喋つてゐた昌作は、信吾の顔を見ると神経的に太
前へ
次へ
全217ページ中44ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
石川 啄木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング