い眉毛を動かして、
『実に偉い!』と俄かに言葉を遁がした。そして可厭《いや》な顔をして、口を噤《つぐ》んだ。
信吾はニヤ/\笑ひ乍ら入つて来て、無雑作に片膝を付く。と見ると山内は喰かけの麦煎餅の遣場《やりば》に困つた様に、臆病らしくモヂ/\して、顔を赧めて頭を下げた。
『貴君《あなた》は山内さんですね?』と、信吾は鷹揚に見下す。
『ハ。』と復《また》頭を下げて、其拍子に昌作の方をチラと偸視《ぬす》む。
『何です、昌作さん? 大分《だいぶ》気焔の様だね。バイロンが怎《ど》うしたんです?』と信吾は矢張ニヤ/\して言ふ。
『怎うもしない。』と、昌作は不愉快な調子で答へた。
『怎うもしない? ハヽヽ。何ですか、貴君《あなた》もバイロン崇拝者で?』と山内を見る。
『ハ、否《いいえ》。』と喉が塞つた様に言つて、山内は其狡さうな眼を一層狡さうに光らして、短かい髯を捻つてゐる信吾の顔を閃《ちら》と見た。
『然うですか。だが何だね、バイロンは最《も》う古いんでさ。辺※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]《あんな》のは今ぢや最《も》う古典《クラシツク》になつてるん
前へ
次へ
全217ページ中45ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
石川 啄木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング