つて空を眺めた。
『然うだとさ、何の用か知らないが……町へ出さへすれや何日《いつ》でも昨晩《さくばん》の様に酔つぱらつて来るんだよ。』と、我子の後姿を仰ぎ乍ら眉を顰める。
『為方がない、交際《つきあひ》だもの。』と投げる様に言つて、敷居際に腰を下した。
『時にね。』とお柳は顔を柔《やはら》げて、『昨晩の話だね、お父様のお帰りで其儘《そのまんま》になつたつけが、お前よく静に言つてお呉れよ。』
『何です、松原の話?』
『然うさ。』と眼をマヂ/\する。
 信吾は霎時《しばらく》庭を眺めてゐたが、
『マア可いさ。休暇中に決めて了つたら可いでせう?』と言つて立上る。
『だけどもね…………。』
『任して置きなさい。俺も少し考へて見るから。』と叱付ける様に言つて、まだ何か言ひたげな母の顔を上から見下した。
 そして我が室《へや》へは帰らずに、何を思つてか昌作の室の方へ行つた。

     (三)の三

 穢苦《むさくる》しい六畳間の、西向の障子がパツと明るく日を享《う》けて、室一杯に莨《たばこ》の煙が蒸した。
 信吾が入つて来た時、昌作は、窓側の机の下に毛だらけの長い脛を投げ入れて、無態《ぶざま》に
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