もう昨日あたりからポツ/\小言が始りましてね。ホヽヽヽ。』
『然《さ》うですか。』と加藤は快活に笑つた。
『それぢや今年は信吾さんに逃げられない様に、可成《なるべく》早くお癒りにならなけや不可ませんね。』
『えゝモウお蔭様で、腰が大概《あらかた》良いもんですから、今日も恁《か》うして朝から起きてゐますので。』
『何ですか、リウマチの方はモウ癒つたんで?』と信吾は自分の話を避けた。
『左様、根治とはマア行き難《にく》い病気ですが、……何卒。』と信吾の莨を一本取り乍ら、『撒里矢爾酸曹達《さるちるさんさうだ》が尊母《おつか》さんのお体に合ひました様で……。』とお柳の病気の話をする。
開放《あけはな》した次の間では、静子が茶棚から葉鉄《ブリキ》の罐を取出して、麦煎餅か何か盆に盛つてゐたが、それを持つて彼方《むかう》へ行かうとする。
『静や、何処へ?』とお柳が此方《こつち》から小声に呼止めた。
『昌作《をぢ》さん許《とこ》へ。』と振返つた静子は、立ち乍ら母の顔を見る。
『誰が来てるんだい?』と言ふ調子は低いながらに譴《たしな》める様に鋭かつた。
(三)の二
『山内|様《さん》よ。
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