茶を運んで来た静子が出てゆくと、奥の襖が開《あ》いて、巻莨《まきタバコ》の袋を攫《つか》んだ信吾が入つて来た。
『や、これは。』と加藤は先づ挨拶する、信吾も坐つた。
『ようこそ。暑いところを毎日御足労で……。』
『怎《ど》う致しまして。昨日《さくじつ》は態々《わざわざ》お立寄下すつた相ですが、生憎《あいにく》と芋田の急病人へ行つてゐたものですから失礼致しました。今度町へ被来《いらしつ》たら是非|何卒《どうか》。』
『ハ、有難う。これから時々お邪魔したいと思つてます。』
と莨に火を点《つけ》る。
『何卒さう願ひたいんで。これで何ですからな、無論私などもお話相手とは参りませんが、何しろ狭い村なんで。』
『で御座いますからね。』とお柳が引取つた。『これが(頤《おとがひ》で信吾を指して)退屈をしまして、去年なんぞは貴下《あなた》、まだ二十日も休暇《やすみ》が残つてるのに無理無体に東京に帰つた様な訳で御座いましてね。今年はまた私が這※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]《こんな》にブラ/\してゐて思ふ様に世話もやけず、何彼と不自由をさせますもんですから、
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