う、始終《しよつちゆう》何か喰べて見たい様な気がしまして、一日《いちんち》口案配が悪う御座いましてね。』とお柳も披《はだか》つた襟を合せ、片寄せた煙草盆などを医師《いしや》の前に直したりする。
痩せた、透徹るほど蒼白い、鼻筋の見事に通つた、険のある眼の心持吊つた――左褄とつた昔を忍ばせる細面の小造だけに遙《ずうつ》と若く見えるが、四十を越した證《しるし》は額の小皺に争はれない。
『胃の所為《せゐ》ですな。』と頷いて、加藤は新しい紛※[#「巾+蛻のつくり」、214−上−19]《ハンケチ》に手を拭き乍ら坐り直した。
『で何です、明日からタカヂヤスターゼの錠剤を差上げて置きますから、食後に五六粒宛召上つて御覧なさい。え? 然うです。今までの水薬と散剤の外にです。噛砕《かみくだ》くと不味《まづ》う御座いますから、微温湯《ぬるまゆ》か何かで其儘《そのまんま》お嚥《の》みになる様に。』と頤《おとがひ》を突出して、喉仏を見せて嚥下《のみくだ》す時の様子をする。
見るからが人の好さ相な、丸顔に髯の赤い、デツプリと肥つた、色沢《いろつや》の好い男で、襟の塞《つま》つた背広の、腿の辺が張裂けさうだ。
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