の心を軽くしてゐる。一口に言へば、信吾は自分が何処までも勝利者であると感じたので。清子の挙動がそれを證明した。そして信吾は、加藤に対して些《すこし》の不快な感を抱いてゐない、却《かへつ》てそれに親まう、親んで而《そ》して繁く往来しよう、と考へた。
加藤に親み、清子を見る機会を多くする、――否、清子に自分を見せる機会を多くする。此方《こつち》が、清子を思つては居ないが、清子には何日までも此方を忘れさせたくない。許りでなく、猫が鼠を嬲《なぶ》る如く敗者の感情を弄ばうとする、荒んだ恋の驕慢《プライド》は、モ一度清子をして自分の前に泣かせて見たい様な希望さへも心の底に孕《はら》んだ。
『清子さんは些《ちつ》とも変らないでせう。』と何かの序《ついで》に静子が言つた。静子は、今日の兄の応待振の如何にも大人びてゐたのに感じてゐた。そして、兄との恋を自ら捨てた女友《とも》が、今となつて何故《なぜ》|那※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]《あんな》未練気のある挙動《そぶり》をするだらう。否、清子は自ら恥ぢてるのだ、其為に臆すのだ、と許り考へてゐた。
『些《ちつ
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