外に出れば可いんだから。』
お松はそれには答へないで、『先生《しえんせえ》ア今日お菓子喰つてらけな。皆《みんな》してお茶飲んで……。』
『ホホヽヽ。』と智恵子は笑つた。『何処から見てゐたの?……今日はお客様が被来《いらしつ》たから然《さ》うしたの。お前さんの家《うち》でもお客さんが行つたらお茶を出すんでせう?』
『出さねえ。』
信吾は帰省の翌々日、村の小学校を訪問したのであつた。
(二)の二
智恵子の泊つてゐる浜野といふ家は町でもズツと北寄の――と言つても学校からは五六町しかない――寺道の入口の小い茅葺家《かやぶきや》がそれである。智恵子が此家《ここ》の前まで来ると、洗晒しの筒袖を着た小造の女が、十許りの女の児を上框《あがりがまち》に腰掛けさせて髪を結つてやつて居た。
それと見た智恵子は直ぐ笑顔になつて、溝板を渡りながら、
『只今。』
『先生、今日は少し遅う御座《ごあ》んしたなツす。』
『ハ。』
『小川の信吾さんが、学校にお出《いで》で御座《ごあ》んしたらう?』
『え、被来《いらしつ》てよ。』と言つた顔は心持|赧《あか》かつた。『それに今日は三十日ですから少し月末
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