にあてて急にホホヽヽと笑ひ出した。
 其夜信吾は十時過までも富江の宿にゐた。宿の主人の老書記は臨時に隔離病舎に詰めてゐる。主婦《おかみ》や子供らは踊に行つて留守であつた。
 で、彼が家《うち》へ帰つてくると、玄関の戸がモウ閉つてゐた。信吾は何がなしにわが家ながら閾《しきゐ》が高い様な気がして、可成《なるべく》音を立てぬ様にして入つた。

     (十一)の八

 家《うち》に入つた信吾の心は、妙に臆《ひる》んでゐた。彼は富江と別れて十幾町の帰路を、言ふべからざる不愉快な思ひに追はれて来た。強烈《はげし》い肉の快楽《たのしみ》を貪つた後の浅猿《あさま》しい疲労《つかれ》が、今日一日の苛立つた彼の心を愈更《いやさら》に苛立たせた。『浅猿しい、浅猿しい!』と、彼は幾度か口に出して自分を罵つた。彼はモウ此儘人知れず何処かへ行つて了ひたい様な気がした。飽くを知らざる富江の餓ゑた顔を思出すと、言ふべからざる厭悪の念が起る。そして又、段々家へ近付くにつれて、恋仇の吉野に対する自暴腹《やけツぱら》な怒りが強く発した。其怒りが又彼を嘲る。信吾は人に顔を見られたくなかつた。
 で、可成《なるべく》音立て
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