其※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]《そんな》らです、』と、信吾は今迄の事は忘れて新らしい仇《かたき》の前にでも出た様に言つた。其眼は物凄く輝いた。『僕は唯一つ聞かして頂きたい事があります。智恵子さん、怎《ど》うでせう、聞かして下さいますか?』
『……私の知つてをります事ならそれは……』
『無論御存じの事です。』と信吾は肩を聳した。『話は全然《まるで》別の事です。僕は僕の一切を犠牲にして、友人たる貴女と吉野の幸福を祝ひます。』
 智恵子は胸を刺されたやうにビクリとした。然し一|寸《すん》も動かなかつた。顔色も変へなかつた。
『怎うです、』と男は更に突込んだ。『貴女は僕の祝ひを、享けて下さいますか、それを聞かして下さい。』
『…………』
『僕は今言つた事を凡て取消して、友人としての真心からお二人の為に祝ひます。怎うです、享けて下さいますか?』
『…………』
『何卒享けて下さい!』と信吾は毒々しく迫る。
 智恵子の顔はクワツと許り紅くなつた。そして、
『有難う御座います。』
と、明瞭《はつきり》言放つた。

     (十一)の七

 智恵子の宿
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