のを思つて、智恵子は今夜といふ今夜、初めて切実に、それだけでは物足らぬことを感じた。智恵子も女である。力強き男の腕に抱《いだ》かれたら、あはれ、腹の痛みも忘れようものを!
二町|許《ばか》り来ると、智恵子は俄かに足を早めた。不図、怺《こら》へきれぬ程に便気を催して来たので。
(十一)の六
程なくして吉野や静子等も帰路《かへりぢ》に就いた。信吾には遂に逢はなかつた。吉野は智恵子の病気の気に懸らぬではないが、寄つて見る訳にも行かぬ。
それから小一時間も経つた。
富江の宿の裏口が開《あ》いて、月影明るい中へヒヨクリと信吾が出た。続いて富江も出た。
『好《い》い月!』
恁う富江が言つた。信吾は自《みづか》ら嘲る様な笑ひを浮べて、些《ちよつ》と空を仰いだが別に興を催した風もない。ハヽヽと軽く笑つた。
太鼓の響と唄の声が聞える、四辺《あたり》は森として、何処やらで馬の強く立髪を振る音。
『一寸、其※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]《そんな》に済まさなくたつて可いわよ。』
『疲れた!』と、信吾は低く呟く様に言つた。
『マ酷い! 散
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