後四時に近い、西向の校舎は、後《うしろ》の木立の濃い緑と映り合つて殊更に明るく、授業は既《とう》に済んだので、坦《たひら》かな運動場には人影もない、夏も初の鮮かな日光が溢れる様に流れた。先刻《さきほど》まで箒を持つて彷《うろつ》いてゐた、年老つた小使も何処かに行つて了つて、隅の方には隣家《となり》の鶏が三羽、柵を潜つて来てチヨコ/\遊び廻つてゐる。
と、門から突当りの玄関が開《あ》いて、女教師の日向《ひなた》智恵子はパツと明るい中へ出て来た。其拍子に、玄関に隣《とな》つた職員室の窓から賑やかな笑声が洩れた。
クツキリとした、輪廓の正しい、引緊つた顔を真面《まとも》に西日が照す。切《きれ》のよい眼を眩しさうにした。紺飛白《こんがすり》の単衣に長過ぎる程の紫の袴――それが一歩《ひとあし》毎に日に燃えて、静かな四囲《あたり》の景色も活きる様だ。齢は二十一二であらう。少し鳩胸の、肩に程よい円《まろ》みがあつて、歩方《あるきかた》がシツカリしてゐる。
門を出て右へ曲ると、智恵子は些《ちよつ》と学校を振返つて見て、『気障《きざ》な男《ひと》だ。』と心に言つた。故もない微笑《ほほゑみ》がチラリ
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