両側百戸足らずの家並《いへなみ》の、十が九までは古い茅葺勝《かやぶきがち》で、屋根の上には百合や萱草《かや》や桔梗が生えた、昔の道中記にある渋民の宿場の跡がこれで、村人はたゞ町と呼んでゐる。小さいながらも呉服屋、菓子屋、雑貨店、さては荒物屋、理髪店《とこや》、豆腐屋まであつて、素朴な農民の需要は大抵|此処《ここ》で充される。町の中央《なかほど》の、四隣《あたり》不相応に厳《いかめ》しく土塀を繞《めぐら》した酒造屋《さかや》と対合《むかひあ》つて、大きい茅葺の家《うち》に村役場の表札が出てゐる。
 役場の外に、郵便局、駐在所、登記所も近頃新しく置かれた。小学校は、町の南端れ近くにある。直径《さしわたし》尺五寸もある太い丸太の、頭を円くして二本植ゑた、それが校門で、右と左、手頃の棒の先を尖らして、無造作に鋼線《はりがね》で繋《つな》いだ木柵は、疎《まば》らで、不規則で、歪んで、破れた鎧の袖を展《の》べた様である。
 柵の中は、左程広くもない運動場になつて、二階建の校舎が其奥に、愛宕山《あたごやま》の欝蒼《こんもり》した木立を背負《しよ》つた様《やう》にして立つてゐる。
 日射《ひざし》は午
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