と、軽《かろ》く智恵子の肩を叩いた者があつた。静子清子が少し離れて誰やら年増の女と挨拶してる時。
(十一)の四
振向くと、何時《いつ》医院から出て来たか吉野が立つてゐる。
『アラ!』
智恵子は恁う小声に言つて、若い血が顔に上つた。何がなしに体の加減が良くないので、立つてゐても力が無い。幾挺の太鼓の強い響きが、腹の底までも響く。――今しもその太鼓打が目の前を過ぎる。
吉野は無邪気に笑つた。
二人は並んで立つた、立並ぶ見物の後《うしろ》だから人の目も引かぬ。
(私──と──)
と、好い声で一人の女が音頭をとる。それに続いた十人許りの娘共は、直ぐ声を合せて歌ひ次いだ。
(――お前―は―ア御門《ごもん》―の―とび―ら―ア、朝―に―イわか―れ―てエ、晩に逢ふ――)
同じ様な花笠に新しい浴衣、淡紅色《ときいろ》メリンスの襷《たすき》を端長く背に結んだ其娘共の中《うち》に、一人、背の低い太つたのがあつて、高音《ソプラノ》中音《アルト》の冴えた唄に際立つ次中音《テノル》の調子を交へた、それが態《わざ》と道化た手振をして踊る。見物は皆笑ふ。
ドヾドンと、先頭の太鼓が合《あひ
前へ
次へ
全217ページ中187ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
石川 啄木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング