上つて……。』
『直ぐ被行いな、智恵子様。何か御用でも有つて?』と静子も促す。
『否《いいえ》。』
『行きませう! 僕は盆踊は生れて初めてなんです。』と、吉野はモウ戸外《そと》へ出る。
で、智恵子は一寸奥へ行つて、帯を締直して来て、一緒に往来に出た。
樺火は少許《すこし》頽《すた》れた。踊がモウ始まつたのであらう、太鼓の音は急に高くなつて、調子に合つてゐる。唄の声も聞える。人影は次第々々にその方へながれて行く。
提灯を十も吊した加藤医院の前には大束の薪がまだ盛んに燃えてゐて、屋内《やうち》は昼の如く明るく、玄関は開放《あけはな》されてゐる。大形の染の浴衣に水色|縮緬《ちりめん》をグル/\巻いた加藤を初め、清子、薬局生、下女、皆玄関に出て往来を眺めてゐた。
『ヤア、皆様《みなさん》お揃ひですナ。』と、加藤から先づ声をかける。
『お涼《すず》みですか。』と吉野が言つて、一行はゾロ/\と玄関に寄つた。
『Guten《グーテン》 Abend《アベント》, Herr《ヘル》 Yoshino《ヨシノ》! ハハヽヽ。』と、近頃通信教授で習つてるといふ独逸《ドイツ》語を使つて、加藤は太つた体を揺
前へ
次へ
全217ページ中184ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
石川 啄木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング