らなかつた申訳をするだらうと想像してゐた。
 町に入ると、常ならぬ花やかな光景《けしき》が、土地慣れぬ吉野の目に珍しく映つた。家々の軒には、怪気《あやしげ》な画や「豊年万作」などの字を書いた古風の行燈《あんどん》や提灯が掲げてある。街路《みち》の両側には、門々に今を盛りと樺火《かばび》が焚いてある。其赤い火影《ほかげ》が、一筋町の賑ひを楽しく照して、晴着を飾つた徂来《ゆきき》の人の顔が何れも/\酔つてる様に見える。
 町は悦気《たのしげ》な密語《さざめき》に充ちた。寄太鼓《よせだいこ》の音は人々の心を誘ふ。其処此処に新しい下駄を穿いた小児《こども》らが集つて、樺火で煎餅などを焼いてゐる。火が爆《は》ぜて火花が街路《みち》に散る。年長《としかさ》な小児らは勢ひ込んで其|列《なら》んだ火の上を跳ねてゆく。恰度|夕餉《ゆふげ》の済んだところ。赤い着物を着た女児共《をんなのこども》は、打連れて太鼓の音を的《あて》にさゞめいて行く。
 町も端れの智恵子の宿の前には、消えかかつた樺火を取巻いて四五人の小児等がゐた。
『梅ちやん! 梅ちやん!』
と、小妹共《いもうとども》が先づ駆け寄る。其《その》後
前へ 次へ
全217ページ中182ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
石川 啄木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング