柳は早くから座を脱《はづ》して寝てゐたが、
『静や、吉野|様《さん》はモウお寝みになつたのかえ。』
『否《いいえ》、酔ツたから散歩して来るツて出てらしツてよ。』
『何時《いつ》頃?』
『二時間も前だわ。何処へ被行《いらしつ》たでせう?』
『昌作さんとかえ?』
『否《いいえ》、お一人。松蔵でもお迎ひにやツて見ませうか。』
『然《さ》うだねえ。』
『大丈夫だよ。』
と言ひ乍ら、赤い顔をした信吾が入ツて来た。
『彼奴《あいつ》の事《こつ》た、橋の方へでも行つてブラ/\してるだらう。それより俺は頭が痛くて為様《しやう》がないから、寝かして呉れよ。』
『お先に?』
『帰つたら然う言つて呉れ。そして床を延べて置いてやれ、あゝ酔つた!』
 で、静子は下女に手伝はして、兄を寝せ、座敷を片付けてから、一人|離室《はなれ》に入つた。夜気が湿《しつと》りと籠つて、人なき室《へや》に洋燈が明るく点《つ》いてゐる。
 一枚だけ残して雨戸も閉め、散乱《ちらか》つた物を丁寧《ていねい》に片寄せて、寝具も布き、蚊帳《かや》も吊つた。不図静子は、
『智恵子|様《さん》許《とこ》へ被行《いらし》つたのか知ら!』といふ疑ひ
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