……』と嫣乎《につこり》する。
『だがマア、お父さんやお母《つか》さんの意見も聞いて見なくちやならないし、それに祖父《おぢい》さんだつて何か理屈を言ふだらうしね。』
『ですけど、私奈何したつて嫁《い》かないことよ。』
『そう頭ツから我を張つたつて仕方がないが、マア可いよ、僕に任して置けや心配する事は無い。お前の心はよく解つてるから。』
『真箇《ほんと》?』
『ハハハ。まるで小児みたいだ。』と信吾は無造作に笑ふ。
静子も声を合せて笑つたが、『マ嬉しい。』と言つて額の汗を拭く。顔が晴やかになつて、心持か声も華やいだ。
『兄様、アノ面白い事があつてよ。』
『何だ?』
『叔父さんが私《あたし》に同情してるわ。』
『叔父さんて誰? 昌作さんか?』
『ええ。』と言つて、さも可笑相《をかしさう》な目付をする。昌作といふのは父信之の末の弟、兄妹《ふたり》には叔父に違ひないが、齢は静子よりも一つ下の二十一である。
『今度の事件にか?』
『然うよ。過日《こなひだ》奥の縁側で、祖母《おばあ》さんと何か議論してるの。そして静子々々ツて何か私の事言つてる様なんですからね、悪いと思つたけど私立つて聞いたことよ。
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