にかパツタリと足が止つた。其間に政治は、同僚に捲込まれて酒に親む事を知つた。そして一昨年《おととし》の秋中尉に昇進してからは、また時々訪ねて来た。然しモウ以前の単純な、素朴な政治ではなかつた。或時は微醺《びくん》を帯びて来て、些々《ちよいちよい》擽る様な事を言つた事もある。又或時は同じ中隊だといふ、生半可な文学談などをやる若い少尉を伴れて来て、態《わざ》と其前で静子と親しい様に見せかけた。そして、静子が次の間へ立つた時、『怎《どう》だ、仲々|美《い》いだらう?』と低い声で言つたのが襖越しに聞こえた。静子は心に憤《いきどほ》つてゐた。
 昨年の春、母が産後の肥立が悪くて二月も患つた時、看護に帰つて来た儘静子は再び東京に出なかつた。そして、此六月になつてから、突然政治から結婚の申込みを享けたのだ。
『それで、兄様《にいさん》は奈何《どう》思つて?』と、静子は、並んで歩いてゐる信吾の横顔を眤《じつ》と見つめた。

     (一)の五

『奈何ツて言つた所で、問題は頗る簡単だ。』
『然う?』と静子は兄の顔を覗く様にする。
『簡単さ。本人が厭なら仕様がないぢやないか。』
『そんなら可いけど……
前へ 次へ
全217ページ中15ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
石川 啄木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング