』と、突然吉野が問うた。
『御座います!』と、智恵子は低く力を籠めて言つて、男の横顔を仰いだ。
『貴女は親兄弟にも友人にも言へない様な心の声を何に発表されるんです? 唱歌《うた》にですか、涙にですか?』
『神様に……。』
『神様に!』と、男は鸚鵡《あうむ》返しに叫んだ。『神様に! 然うですねえ、貴女には神があるんですねえ!』
『…………』
『僕にはそれが無い! 以前にはそれを色彩《いろ》と形に現せると思つてゐたんですが、又、実際幾分づゝ現してゐたんですが、それがモウ出来なくなつた。』と言ひ乍ら、吉野は無造作に下駄を脱ぎ、裾を捲つて、ヒタ/\と川原の石に口づけてゐる浅瀬にザブ/\と入つて行く。
『モウパツサンといふ小説家は、自己の告白に堪へかねて死んだと言ひますがねえ……アヽ[#「アヽ」は底本では「アゝ」]、気持が好い、怎《ど》うです、お入りになりませんか?』
『ハ。』と言つて智恵子は嫣乎《につこり》笑つた。そして、矢張|跣足《はだし》になり裾を遠慮深く捲つて、真白き脛の半ばまで冷かな波に沈めた。
『マア、真箇《ほんと》に……!』
 吉野は膝頭の隠れる辺《あたり》まで入つて行く。二人は暫
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