く星を鏤《ちりば》めた其|隅々《くまぐま》には、暗《やみ》に仄めく月見草が、しと/\と露を帯びて、一団《ひとかたまり》づゝ処々に咲き乱れてゐる。
女児等《こどもら》は直ぐ川原に下りて、キヤツ/\と騒ぎ乍ら流れる螢を追つてゐる。智恵子は何がなしに、唯何がなしに橋の上にゐたかつた。其※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]《そんな》事は無い! と否《いな》み乍らも、何がなしに、若しや、若しや、といふ朦乎《ぼんやり》した期待《のぞみ》が、その通路《とほりみち》を去らしめなかつた。
今日一日の種々《いろいろ》な心境《ここち》と違つた、或る別な心境が、新しく智恵子の心を領《し》めた。そこはかとなき若い悲哀《かなしみ》――手頼《たより》なさが、消えみ明るみする螢の光と共に胸に往来して、他《ひと》にとも自分にとも解らぬ、一種の同情が、自《おのづ》と呼吸《いき》を深くした。
幸福とは何か? 這※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]《こんな》考へが浮んだ。神の愛にすがるが第一だ、と自分に答へて見た。不図智恵子は、今日一日
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