皆|舟綱橋《ふなたばし》に伴れてつて呉れと強請《せが》んだ。
『彼方《あつち》には男生徒が沢山行つてるから、お前達には取れませんよ。』
 恁《か》う智恵子が言つた。女児等《こどもら》は、何有《なあに》男に敗けはしないと口々に騒いだが、結句《けつく》智恵子の言葉に従つて鶴飼橋に来た。
 夏の夜、この橋の上に立つて、夜目にも著《しる》き橋下の波の泡を瞰下《みおろ》し、裾も袂も涼しい風にハラめかせて、数知れぬ耳語《ささやき》の様な水音に耳を澄した心境《ここち》は長く/\忘られぬであらう。南岸《みなみぎし》の崖の木々の葉は、その一片々々《ひとつひとつ》が光るかと見えるまで、無数の螢が集つてゐて、それが、時を計つてポーツと一度に青く光る。川水も青く底まで透いて見える。と、一度にスツと暗くなる。また光る、また消える、また光る…………。其中から、迷ひ出る様に風に随つて飛ぶのが、上から下から、橋の下を潜り、上に立つ人の鬢《びん》を掠める。低く飛んだのが誤つて波頭に呑まれてその儘あへなく消えるものもある。
 低くなつた北岸《きたぎし》の川原にも、円葉楊《まるばやなぎ》の繁みの其方此方《そちこち》、青く瞬
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