がある。そして、其人に関する事を言ひ出されるのが、何がなしに侮辱されてる様な気がする。信吾は信吾で、妙に皮肉な考へ許り頭脳《あたま》に浮んだ。
それでも、四十分許り対向《むかひあ》つてゐて、不図気が付いた様にして信吾はその家を辞した。
『畜生奴!』
恁う先づ心に叫んだ。
元が用があつて探しに来たのでも無いのだから、その儘家路を急いだ。母は二三日前からまた枕に就いた。父は留守。其処へ饒舌家《おしやべり》の叔母が小供達と共に泊りに来たのが、今朝も信吾は其叔母に捉《つか》まつて出懸けかねた。吉野は昌作を伴れて出懸けた。午後になつて父が帰ると、信吾は何となく吉野と智恵子の事が気に掛つた。それは一つは退屈だつた為でもある。
モ一つには、その二人が自分の紹介も待たずして知己《ちかづき》になつたのが、訳もなく不愉快なのだ。秘《かく》して置いた物を他人《ひと》に勝手に見られた様な感じが、信吾の心を焦立せてゐる。
『今日は奈何して、那※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]《ああ》冷淡だつたらう?』と、智恵子の事を考へ乍ら、信吾は強く杖《ステツキ》を揮つて、
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