路傍《みちばた》の草を自暴《やけ》に薙倒《なぎたふ》した。

     (九)の一

 叔母一行が来て家中《やうち》が賑つてる所へ、夕方から村の有志家が三四人、門前寺の梁《やな》に落ちたといふ川鱒を携《も》つて来て酒が始つたので、病床のお柳までが鉢巻をして起きるといふ混雑、客自慢の小川家では、吉野までも其席に招致《よびだ》した。燈火《あかり》の点《つ》く頃には、少し酒乱の癖のある主人の信之が、向鉢巻をしてカツポレを踊り出した。
 朝から昌作の案内で町に出た吉野の帰つた時は、先に帰つた信吾が素知らぬ顔をして、客の誰彼と東京|談《ばなし》をしてゐた。無理強ひの盃四つ五つ、それが全然《すつかり》体中に循《めぐ》つて了つて、聞苦しい土弁《どべん》の川狩の話も興を覚えぬ。真紅な顔をした吉野は、主人のカツポレを機《しほ》に密乎《こつそり》と離室《はなれ》に逃げ帰つた。
 其縁側には、叔母の小供等や小妹《いもうと》達を対手に、静子が何やら低く唱歌を歌つてゐた。
『アヽ、全然《すつかり》酔つちやつた。』
 恁《か》う言つて吉野は縁に立つ。
『御迷惑で御座いましたわね。お苦しいんですか其※[#「麾」の「
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