すが、唯、多分然うかと思つたんで。』
『奈何《どう》してで御座いますか?』
『ハツハハ。』と、男は突然《いきなり》大きく笑つた。『違ひましたね。それぢや何処へ行つたかなア!』
智恵子は黙つて了つた。
『盛岡でお逢ひになつたんですつてね、吉野に?』
『え。渡辺|様《さん》といふお友達の家に参りましたが、その方の兄さんとお親い方だとかで……アノ、些《ちよつ》とお目に懸つたんで御座います。』
『巧く言つてやがらア、畜生|奴《め》!』と、心の中《うち》。『甚※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]《どんな》男です、貴女の見る所では?』
智恵子は不快を感じて来た。
『奈何《どう》ツて、別に……。』
『僕は、那《ああ》した男が大好《だいすき》ですよ。僕の知つてる美術家|連中《なかま》も少くないが、吉野みたいな気持の好い、有望な男は居ませんよ……。』と、信吾は誇張した言方をして、女の顔色を見る。
『然うで御座いますか。』と言つた限《きり》、智恵子は真面目な顔をしてゐる。
話は遂にはづまなかつた。智恵子には若しや恁《か》うしてる所へ其人が来はせぬかといふ心配
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