用でもある様に考へる。
『アノ、お一人でお出懸になつたんで御座いますか?』
『昌作《しやうさん》と二人です、今朝出たつ限《きり》まだ帰らないんですが、多分|貴女《あんた》ン許《とこ》かと思つて伺つたんです。』
何故|此家《ここ》に居ると思つたか、此家に来ると其人が言つて出たのか、又、若し真《しん》に用があるのなら、午前中確かに居た筈の加藤へ行つて聞けば可い。言ひ方は様々あつたが、智恵子は膝に目を落して、唯、
『否《いいえ》。』と許り。
危険《あぶな》い芸当を行《や》つてるといふ様な気がして、心が咎める。
『ハテナ。』と、信吾はまた大袈裟に考へ込む態《さま》を見せて、『実は何です、家《うち》に親類の者が来てゐて僕は今朝出られなかつたんですが、一寸今、用が出来たもんですから探しに来たんです。』
『何方《どちら》か他にお尋ねになつたんで御座いますか?』
『否《いいえ》、』と信吾は少許《すこし》困つて、『……真直に此方《こちら》へ。』
『此家《ここ》へ被来《いらつしや》るとでも被御《おつしや》つて[#「被御《おつしや》つて」はママ]、お出懸になられたんで御座いますか?』
『然うぢやないんで
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