じ※[#「さんずい+氣」、第4水準2−79−6]車でしたらう?』
『え?』と静子が聞耳を立てる。
『然う、然う。』と、吉野は今迄忘れてゐたと言つた様に言つて、静子の方に向いた。『ソレ、過日《こなひだ》橋の上に貴女と二人立つてゐた方ですね。あの方と今日同じ※[#「さんずい+氣」、第4水準2−79−6]車に乗りましたよ。』
『アラ智恵子さんと。然うでしたか! よくお解りになりましたね。』と嫣乎《につこり》、何気なく言つた。
『否《いや》ソノ、何です、今話した渡辺の家《うち》で紹介されたんです。渡辺の妹君《シスタア》と親友なんださうで、偶然同じ家に泊つた訳なんです。』と、吉野は急《いそが》しく眼をパチつかせ乍ら、無意識に煙草に手を出す。
『オヤ然《さ》うでしたの!』
『然うかい!』と信吾も驚いて、『それは奇遇だつたな。実に不思議だ。』
『別段奇遇でも無からうがね。唯逢つただけよ。』と、吉野は顔にかゝる煙草の煙に大仰《おほぎやう》に眉を寄せる。
『昌作さんは何ですか、日向さんに逢つて来たの?』と信吾が横になつた儘で問うた。
『否《いや》。帰つて来た所を遠くから見ただけだ。』
『よツぽど遠くから
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