に障つたよ。何といふのかな、那※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]《あんな》具合で到頭埋もれて了ふのを。平凡の悲劇とでも言ふのかな……。』
『だつて君。』と信吾は委細呑込んだと言つた様な顔をして、『その人にだつて家庭《うち》の事情てな事が有《あら》アな。一年や二年中学の教師をした所で、画才が全然《すつかり》滅びるツて事も無からうさ。』
『それがよ、家庭の事情なんて事が縦頭《てんで》可《よ》くない。生活問題は誰にしろ有るさ。然し芸術上の才能は然《さ》うは行かない。其奴が君、戦つても見ないで初めツから生活に降参するなンて、意気地が無いやね。……とマア言つて見たんさ、我身に引較べてね。』
『ハハヽヽ。君にも似合はんことを言ふぢやないか。』とゴロリ横になる。
 其処へ、庭に勢ひよき下駄の音がして、昌作が植込の中からヒヨクリと出て来た。今しも町から帰つて来たので。
『ヤア、お帰りになりましたな。』と吉野に声をかける。
『否《いや》、モ少し先に。今日も貴君は鮎釣でしたか?』
『否《いいえ》。』と無雑作に答へて縁側に腰を掛けた。『吉野さん、貴方、日向さんと同
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