ね? ハヽヽ。』
昌作はムツとした顔をして、返事はせずに、吉野の顔色を覗《うかが》つた。
然うしてる所へ、母屋の方には賑かな女の話声。下女が前掛で手を拭きながらバタ/\駆けて来て、
『若旦那|様《さま》、お嬢様、板垣様の叔母|様《さま》が盛岡からお出《で》アンした。』
『アラ今日|被来《いらしつ》たの。明日かと思つたら。』と、静子は吉野に会釈して怡々《いそいそ》下女の後から出て行く。
『父の妹が泊懸《とまりがけ》に来たんだ。一寸行つて会つてくるよ。』
と信吾も立つた。昌作は何時の間にか居ない。
吉野は眉間《みけん》の皺を殊更深くして、眤《じつ》と植込の辺《あたり》に瞳を据ゑてゐた。
(八)の一
智恵子は渡辺の家に一泊して、渡辺の妹の久子といふのと翌一日《あくるついたち》大沢の温泉に着いたのであつた。その夕方までには、二十幾名の級友大方臨渓館といふ温泉宿の二階に、県下の各地方から集つた。
兎角女といふものは、学校にゐる時は如何に親くても、一度別れて了へば心ならずも疎《うと》くなり易い。それは各々《おのおの》の境遇が変つて了ふ為で、智恵子等のそれは、卒業してからも同
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