》で居るんでせう? まだ結婚しないでせうか?』
『え、まだ為さらない様ですが。』と、※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》つた眼を男に注いで、『貴方はあの、渡辺さんへ被行《いらつしや》るんで御座いますか。』
『え、突然訪ねて見ようと思ふンですがね。』と、少し腑に落ちぬ様な目付をする。
『マア、左様《さう》で御座いますか!』と一層驚いて、『私《わたし》もアノ、其家《そこ》へ参りますので……渡辺さんの妹様《いもうとさん》と、私と矢張《やはり》同じ級《クラス》で御座いまして。』
『妹様と? 然うですか! これは不思議だ!』と吉野も流石に驚いた。
『アノ、久子さんと仰《おつしや》います……。』
『然うですか! ぢや何ですね、貴女と僕と同《おんな》じ家に行くんで! これは驚いた。』
『マア真箇《ほんと》に!』と言ひ乍ら、智恵子は忽ち或る不安に襲れた。静子の事が心に浮んだので。
(七)の一
宿直の森川は一日の留守居を神山富江に頼んで、鮎釣《あゆかけ》に出懸けた。
休暇になつてからの学校ほど伽藍堂《がらんどう》に寂しいものはない。建物が大きいのと、平生耳を聾する様な喧騒
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